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○○町の○○○科クリニック。心療内科東京メンタルクリニック赤とんぼです。

院長紹介HEADLI



●院長 
 橋えみ子(たかはし えみこ)
●略歴
 1985年 金沢医科大学医学部卒業
 1985年 都立大塚病院など複数の病院にて 小児科医として勤務
 1998年 木下敏子医師(家族療法家)の下で 学ぶ カウンセラーとしての活動も開始
 2002年 日本子育てアドバイザー協会講師
 2009年 心療内科メンタルクリニック赤とんぼを開設
 2013年 東日本大震災被災者親子支援活動開始

●著書
 「とんぼの願い」(絵本) 文芸社
 「親学のすすめ」 モラロジー研究所出版部など

●講演録
 不登校問題を考える東葛の会『ひだまり』 2014.9.27講演
  不登校から学ぶ(PDF形式 433KB)


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 ありのままで
  朝早くから、裏の林が騒がしい。弱々しい低い声と耳障りなカラスの太い声。
 どうやら巣立ちの遅れたヒナを親が傍らで見守っている様子。いつのまにか私もエールを送っている。鳥たちは今が子育て真っ最中。
  野生の動物は当たり前にできるのに、人間は一筋縄で行かないのが子育てだ。
 世の父親は「子育てより仕事の方がずっと楽」という。私も同感だ。現在一人娘は中3で、反抗期の真っ最中。言葉は乱れオシャレに夢中。悪態ついて可愛げなし。
 勉強せずに、テレビ・ケイタイ見てばかり。出来るものならおなかに戻して子育てし直したいくらい。でも夜がきて、手を繋いだり、私のフトンに潜り込んだり・・・
 そんな時がたまらなく幸せだ。お互いに安心できて心地よく、その日の疲れが吹き飛びそう。
  “人には、ありのままの自分を受けとめ、愛し信じてくれる存在が必要だ”
 そこで得られる安心感、信頼が全ての人間関係の基礎となる。人はそれを乳幼児期に学びとる。支えとなる存在は、親に限らず祖父母、先生、友人、知人、誰であっても構わない。一人いれば充分だ。

カウンセリングの現場で気になる事。
 「君にとって何でも話せる人は誰?」
 「一緒にいて安心できる人は?」
 「困ったときに相談したら、助けてくれる人は?」
  この3つの質問に、誰もいないと答える子。居場所を持たない孤独な子。
 早寝早起き朝ごはん、勉強、スポーツできるも良いが、皆がやれるわけじゃない。
 それよりも、生きる喜び、楽しさを味わうことや、泣いたり笑ったり、怒ったりできることが、よっぽど重要だ。
  先日、映画「西の魔女が死んだ」を観た。主人公に語りかける祖母の言葉に、体が打ち震え涙した。子供の命、魂を救う使命が大人にはある。
 子供をありのまま受けとめ、愛し信じる≠ノふさわしい映画だと思った。


 ・子育てはうまくできなくてあたり前
 「紙おむつのつけ方がわからない」「赤ちゃんと二人きりになるのが怖くてたまらない」「泣かれるとどうしていいか、パニックになりそう」・・・。
 毎日のように育児の相談が寄せられる。
 以前「我が子のオシッコは青くないけど、大丈夫?」なんて言うのも聞いたことがある。(オムツのCMでは、青色の水を使っている)
 「ゲップを上手にしないので、コーラを飲ませ始めたらよく出るようになったけど、これでいいの?」など、笑うに笑えないものまで…。
 昔なら聞くまでもなく、身近な所にお手本や教えてくれる人がいっぱいいたのだろう。私だってそうだ。娘を出産後、初めての育児の時期には、戸惑ったり泣きたくなることもしばしば、思い通りにいかなくて苛立って、自分の感情をコントロールできなくなることもあった。虐待はよくないが、する人の気持ちはわかる。
 そんなこんなで、自分のそれまでの考え方、行動、生き方を変えざるを得なくなった。一人で頑張っていては、必ずと言っていい程、行き詰まる。
 『一人で悩みを抱え込まず、人に相談することが、問題解決の近道』というのが学びである。いつの間にか人生が楽に楽しく生きられるようになった気がする。
 “自立した人”とは、自分でできることはやり、できないことは人に相談し援助を求められる人。人に話すと問題も明確になり、解決の糸口も見えてくる。
 袋小路の状況から少しずつ抜け出せる。

 子育てとは人生そのもの。
 “人生には幾通りもの選択肢があり、どれが正しい、正しくないではない”
 時には選んだ道を立ち止まり、途中で道を変えながらゆっくり歩いていけばいい。
 人生には無駄なことなど何もない。若い時代こそ、迷った時の水先案内人が必要だ。
 そうやって人は支えあって生きている。出会いの一つひとつが宝物。
 子育ては親自身が自分を見つめ直すチャンスである。
 親も子も共に育っていけばいい。子育てはうまくできなくてあたり前。
 そう言いながら、ほんの少し後輩のお母さん達にエールを送る日々である。